経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度の導入:中小企業への構造的影響と戦略的対応に関する包括的研究報告書
2026.1.21 生成AIにより原案作成 東京都 加筆訂正
要旨
2024年5月に成立した「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」(以下、本法または新法)は、日本の安全保障政策と産業構造の交差点における歴史的な転換点を示している。これまで防衛・外交・テロ・スパイ防止という伝統的な「国家安全保障」の領域に限定されていた情報保全の枠組みが、サプライチェーン、基幹インフラ、先端技術といった「経済活動」の核心部分へと拡張されたことを意味する。
本報告書は、新たに導入されるセキュリティ・クリアランス(適性評価)制度が、日本の産業基盤を支える中小企業(SME)に対してどのような多層的な影響を及ぼすかを、法的、経営的、技術的観点から網羅的に分析するものである。特に、防衛産業や重要インフラ産業のサプライチェーン下層に位置する中小企業にとって、本制度への対応は単なるコンプライアンス順守の問題にとどまらず、将来の市場アクセス権を左右する「生存要件」となる可能性が高い。
調査においては、内閣府、経済産業省、防衛装備庁等の公表資料、法律の条文、および日本弁護士連合会等の意見書に基づき、制度の詳細設計、プライバシー保護の懸念、そして政府による支援策(補助金等)の実態を精査した。分析の結果、中小企業は「情報の非対称性」と「リソースの制約」という二重の課題に直面しつつも、早期の体制整備と公的支援の活用によって、国際共同研究や政府調達における新たな競争優位を獲得し得ることが明らかとなった。本稿は、そのための具体的なロードマップと、経営層が認識すべきリスクと機会を詳述する。
第1章 序論:経済安全保障へのパラダイムシフトと中小企業の立ち位置
1.1 背景:軍事と経済の融合
21世紀の地政学的競争において、軍事力と経済力は不可分なものとなった。サイバー攻撃による電力網の遮断、サプライチェーンを通じた技術流出、あるいは民生技術の軍事転用(デュアルユース)といった脅威は、従来の防衛産業の枠を超え、広範な民間企業を安全保障の最前線へと押し上げている。
日本政府はこれまで「特定秘密保護法」によって防衛・外交等の機微情報を保護してきたが、経済分野における情報の保護制度は未整備であった。これに対し、米国や英国などのG7諸国は、経済安全保障上の重要情報に対しても厳格なクリアランス制度(Security Clearance: SC)を有しており、国際的な共同研究や開発プロジェクトにおいて、日本企業が情報の共有から排除されるリスクが高まっていた1。
この「制度的欠落」を埋めるべく制定されたのが本法である。これにより、経済安全保障上重要な情報(重要経済安保情報)を取り扱う資格を、政府が個人の信頼性を調査した上で付与する仕組みが確立された。これは大企業のみならず、そのサプライチェーンを構成する多くの中小企業に直接的な影響を及ぼすものである。
1.2 立法経緯と施行タイムライン
本法案は、2024年2月27日に閣議決定され2、同年5月10日に国会で可決・成立、5月17日に公布された1。施行日は公布から1年以内とされており、具体的には2025年(令和7年)5月16日に施行されることが決定している3。
このタイムラインは極めて重要である。2024年度から2025年度初頭にかけては、制度運用の詳細が政令や運用基準で詰められる「準備期間」であると同時に、民間企業にとっては社内規定の整備、情報管理システムの改修、従業員への周知徹底を行うための「猶予期間」となる。特にリソースの限られる中小企業にとって、施行直前での対応は混乱を招くため、早期の着手が求められる。
1.3 制度の目的と中小企業の関連性
政府の説明によれば、本制度の目的は「情報の保護」と「情報の活用」の二兎を追うことにある。
- 保護の側面: サイバー攻撃やスパイ活動による技術流出を防ぎ、重要インフラの脆弱性情報を守る。
- 活用の側面: 信頼性を担保された企業・個人に対して積極的に機微情報を提供し、民間の技術開発力やインフラ防護能力を向上させる。また、G7等との国際共同研究への参画を円滑にする。
中小企業にとって、これは「参入障壁」であると同時に「参入パスポート」でもある。特定の技術(例:半導体素材、ドローン制御、サイバーセキュリティ対策ソフト)を持つ中小企業は、クリアランス体制を整備することで、これまではアクセスできなかった高度な政府プロジェクトや、海外防衛企業との取引への道が開かれる可能性がある。
第2章 セキュリティ・クリアランス制度の法的構造と対象情報
2.1 「重要経済安保情報」の定義と範囲
本制度の中核となるのは、「重要経済安保情報」(K-CI: Key Economic Security Important Information)の指定である。法律および運用基準案によれば、行政機関の長は、以下の3つの要件をすべて満たす情報を重要経済安保情報として指定する4。
- 漏えいした場合に国の安全保障に支障を与えるおそれがあること
- 以下の4つの類型のいずれかに該当すること
- 重要インフラ保護関連: 外部からの攻撃から重要経済基盤(インフラ)を保護するための措置、計画、研究、またはその脆弱性に関する情報。
- 重要物資サプライチェーン関連: 重要物資のサプライチェーンの脆弱性や、革新的な技術に関する情報。
- 外国政府等からの情報: 上記に関連し、外国政府や国際機関から提供された情報。
- 分析・収集能力関連: 上記の情報を収集・整理する能力や手法に関する情報。
- 公になっていないこと(非公知性)
表1: 重要経済安保情報の具体例と中小企業への関連性
| 情報類型 | 具体的な情報(イメージ) | 関連する中小企業の業種例 |
|---|---|---|
| サイバー関連 | サイバー脅威の手口、重要インフラのシステム脆弱性、対策パッチ開発情報 | ソフトウェア開発、ネットワーク保守、セキュリティベンダー |
| 規制制度関連 | インフラ設備の審査にかかる検討資料、許認可プロセスの詳細 | 建設コンサルタント、専門的な行政書士事務所、設備点検業者 |
| 調査・分析・研究開発 | サプライチェーンのボトルネック情報、産業・技術戦略の未公開ドラフト、デュアルユース技術の研究データ | 素材メーカー、精密部品加工、AIスタートアップ、ロボティクス開発 |
| 国際協力関連 | 米国や英国等との共同研究における共有データ、技術仕様書 | 防衛・航空宇宙関連の下請け企業、大学発ベンチャー |
2.2 対象となる産業分野
「経済安全保障推進法」において指定されている「特定社会基盤事業」や「特定重要物資」に関連する企業は、本制度の直接的な対象となる可能性が高い。
- 特定社会基盤事業(15業種):
電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、港湾運送、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカード4。
- 中小企業への波及: 例えば、地方銀行(金融)のシステムメンテナンスを請け負うIT企業や、地域電力会社(電気)の設備工事を行う建設会社などが、脆弱性情報に触れる可能性がある。
- 特定重要物資:
抗菌性物質製剤、肥料、永久磁石、工作機械・産業用ロボット、航空機部品、半導体、蓄電池、クラウドプログラム、天然ガス、重要鉱物、船舶部品、先端電子部品4。
- 中小企業への波及: 航空機部品や半導体製造装置の部品加工を行う町工場(マニュファクチャリング)は、サプライチェーンの要衝としてクリアランス取得を求められる可能性が高い。
2.3 秘密指定の解除と管理
指定された情報は、原則として5年(延長可能、最大30年、例外的にそれ以上も可)の期間保護される。期間満了後は国立公文書館等へ移管され、歴史的資料として保存されることが想定されているが、日弁連等の意見書では、恣意的な廃棄を防ぐための厳格な管理と移管義務付けが求められている6。企業においても、情報のライフサイクル管理(生成→指定→保存→解除・廃棄)を厳密に行う必要がある。
第3章 適性評価(セキュリティ・クリアランス)の実務と課題
3.1 適性評価(Suitability Assessment)のプロセス
「適性評価」とは、重要経済安保情報を取り扱う予定の者(評価対象者)が、その情報を漏らすおそれがないかどうかを行政機関が調査・評価する仕組みである。このプロセスは以下のように進行する5。
- 指名・依頼: 事業者(企業)が、業務上機微情報にアクセスする必要がある従業員を選定する。
- 同意: 評価対象者本人に対し、調査実施への同意を求める。同意は必須であり、同意が得られない場合、調査は実施されない(その場合、当該業務には就けない)。
- 調査実施: 内閣府等の調査実施機関が、質問票の確認、公的データベースへの照会、必要に応じた面接等を行う。
- 結果通知: 評価結果(適格または不適格)が本人および事業者に通知される。
3.2 調査事項(7項目)の詳細分析
調査は、特定秘密保護法と同様の厳格な基準で行われる。具体的には以下の7項目について調査される3。
表2: 適性評価における調査項目とリスク要因
| 調査項目 | 調査の趣旨・内容 | 中小企業経営上の留意点 |
|---|---|---|
| 1. 重要経済安保情報を漏らすおそれがないこと | 過去の情報管理履歴。過去に懲戒処分や情報漏えい事故を起こしていないか。 | 採用時のリファレンスチェックでは把握しきれない過去の職歴が露呈する可能性がある。 |
| 2. 特定有害活動との関係 | スパイ活動、テロリズム、外国政府の工作員との接触や関係性。 | 海外取引の多い企業や、外国人材を雇用している場合、調査に時間を要する可能性がある。 |
| 3. 犯罪・懲戒の経歴 | 犯罪歴および公務員時代の懲戒免職等の経歴。 | 一般的な履歴書には記載されない古い軽微な犯罪歴が含まれるかどうかが懸念点となる。 |
| 4. 薬物の乱用 | 違法薬物の使用歴やアルコール依存による影響。 | 健康診断では発見できない私生活上の問題であり、企業側が予見することは困難である。 |
| 5. 精神疾患 | 情報を適正に取り扱う能力に影響を及ぼす特定の精神疾患の有無。 | 極めてセンシティブな個人情報。企業がこれを知ることは労働法上の差別リスクに直結する。 |
| 6. 飲酒の節度 | 飲酒によるトラブル、情報の不注意な漏えいリスク。 | 業務外の行動に対する評価であり、社員の私生活への干渉となる側面がある。 |
| 7. 経済的な状況 | 多額の借金、破産歴など、金銭的な誘惑や脅迫に屈しやすい状況か。 | 従業員が隠している借金等が発覚する。これがクリアランス拒否の主要因となるケースが多い(米国の例)。 |
3.3 プライバシー保護と労務管理上の法的リスク
本制度の導入にあたり、最も議論を呼んでいるのがプライバシー権と労働者の権利保護である。日本弁護士連合会(日弁連)は、制度の運用基準に対して詳細な意見書を提出しており、中小企業にとっても無視できない法的リスクを指摘している6。
3.3.1 「目的外利用の禁止」と「ノー・リターン・ルール」
法律上、行政機関は調査で得た個人情報(借金の額、病歴、家族関係など)を、適性評価以外の目的で利用・提供してはならないと定められている(法第12条)3。 特に重要なのが、いわゆる**「ノー・リターン・ルール」**である。行政機関は、企業(事業者)に対して、適性評価の結論(「適格」か「不適格」か)のみを通知し、不適格の理由や調査過程で判明した詳細な個人情報は一切伝えない。
- 中小企業への影響: 経営者は「なぜこの優秀なエンジニアが不適格になったのか」を知ることができない。借金があるのか、過去に犯罪歴があるのか、あるいは海外との怪しいつながりがあるのか、一切不明のまま、その従業員を機微情報の扱えない部署へ配置転換しなければならない。
3.3.2 思想・信条の自由
日弁連は、調査が「思想」「信条」「宗教」「政治活動」「市民活動」「労働組合活動」に及んではならないと強く主張しており、これらの事項は調査対象から除外されるべきとしている6。 しかし、実際の調査(面接等)において、関連情報が偶発的に収集されるリスクは残る。企業としては、従業員の適性評価申請をサポートする際、こうしたセンシティブな情報が含まれないよう注意喚起を行う必要があるが、過度な関与は逆にプライバシー侵害となるジレンマがある。
3.3.3 不利益取扱いの禁止と配置転換の困難性
法律は、従業員が適性評価に同意しなかったこと、あるいは評価の結果が不適格であったことを理由として、解雇その他の不利益な取扱いをしてはならないと定めている3。 大企業であれば、機微情報を扱わない部署への配置転換が容易かもしれない。しかし、従業員数名の専門特化した中小企業において、「このプロジェクトのために雇った専門家」がクリアランスを得られなかった場合、代替業務を用意することは現実的に困難である。この「解雇できないが業務もない」という状況は、中小企業経営における最大のリスク要因の一つとなる。
3.4 有効期間と再評価
適性評価の有効期間は原則として10年である5。ただし、その期間中であっても、事情変更(新たな借金、結婚による親族関係の変化等)があれば再調査が行われる可能性がある。企業は、従業員の状態変化を継続的にモニタリングする責任(身上報告の義務化など)を負うことになり、これも管理コストの増大を招く。
第4章 中小企業への構造的影響:リスクと機会の二面性
セキュリティ・クリアランス制度は、中小企業に対して「選別」と「淘汰」の波をもたらす。ここでは、その影響を「リスク(負の影響)」と「機会(正の影響)」に分けて分析する。
4.1 リスク要因:排除の論理とコスト負担
4.1.1 サプライチェーンからの排除リスク
防衛産業や重要インフラ産業では、発注元(政府)からプライム企業(大企業)、そしてティア1、ティア2の下請け企業へと、契約要件として「情報の保全措置」が連鎖的に求められる(Contract Flow-down)。 今後、重要経済安保情報が含まれる契約においては、下請け企業にもセキュリティ・クリアランス(施設および個人)が必須となる。これに対応できない中小企業は、長年の取引実績があっても、「セキュリティ要件未達」を理由にサプライチェーンから切り離される恐れがある。これを「クリーン・サプライチェーン」の構築と呼ぶが、実態としては中小企業の選別である。
4.1.2 設備投資と管理コストの増大
適性評価は個人に対するものだが、情報を受け取る主体は企業(法人)である。したがって、企業側には情報を物理的・電磁的に保護する環境(Facility Security Clearanceに相当する実態)が求められる。
- 物理的対策: 入退室管理システム、監視カメラ、情報の保管庫(金庫)、外部から覗き見されない区画(ゾーニング)の設置。
- サイバー対策: 外部ネットワークからの遮断、暗号化通信、ログ管理、不正侵入検知システムの導入。 これらのコストは、資金力の乏しい中小企業にとって重荷となる。
4.1.3 人材獲得競争の激化
クリアランス保有者(適格者)は、労働市場において高い価値を持つことになる。「クリアランス・プレミアム」が生まれ、大企業が中小企業のクリアランス保有エンジニアを高給で引き抜く(ポ−チング)リスクが高まる。逆に、中小企業が新たにクリアランス保有者を採用しようとしても、コスト面で太刀打ちできない可能性がある。
4.2 機会要因:新たな市場と競争優位
4.2.1 国際共同研究への参入
これまで、日本の中小企業(特に素材、AI、ロボティクス分野のディープテック・スタートアップ)は、技術力があってもセキュリティ体制の未備を理由に、米国防総省やNATO諸国との共同研究から排除されるケースがあった。 本制度により、日本政府のお墨付き(Government Assurance)を得ることができれば、米国の防衛産業サプライチェーンへの参入障壁が劇的に低下する。防衛装備庁も、中小企業の防衛産業参入を促進するための展示会やマッチング支援を強化しており、これを好機と捉えるべきである7。
4.2.2 「信頼」のシグナリング効果
クリアランス制度への対応は、単に特定の契約を取るだけでなく、企業の全社的なガバナンスレベルが高いことを対外的に証明する「シグナル」となる。IPA(情報処理推進機構)の調査によれば、セキュリティ対策(SECURITY ACTION)に取り組むことで、取引先からの信頼性向上や、社内の意識改革につながったとする企業も一定数存在する8。 「政府の適性評価にパスした社員が在籍し、重要情報を管理できる体制がある」という事実は、民間同士の取引においても強力な差別化要因となる。
第5章 中小企業のための戦略的対応マニュアル
中小企業がこの制度の波を乗り越え、ビジネスチャンスに変えるためには、段階的かつ戦略的な対応が必要である。
フェーズ1:現状把握とギャップ分析(直ちに実施)
- 事業領域の確認: 自社の製品・サービスが「特定社会基盤事業(15業種)」や「特定重要物資」に関連しているか、あるいは防衛・警察・海上保安庁等との取引があるかを確認する。
- 既存契約の洗い出し: 現在の取引先(特に大企業)との契約条項に、秘密保持やセキュリティ基準に関する新たな要求が盛り込まれていないか確認する。
- 情報資産の棚卸し: 社内のどこに、どのような機密情報があり、誰がアクセス権を持っているかを可視化する。多くの企業では、アクセス権限がルーズに設定されている(社長しか見る必要のない情報を一般社員が見られる等)ため、これを整理するだけでもセキュリティレベルは向上する。
フェーズ2:体制整備と「SECURITY ACTION」(〜2025年前半)
公的支援を受けるための前提条件として、基礎的なセキュリティ体制を固める。
- IPA「SECURITY ACTION」の宣言: 多くの補助金の申請要件となっている「SECURITY ACTION(二つ星)」を宣言する9。これには「情報セキュリティ基本方針」の策定と公開が必要だが、IPAが提供するテンプレートを活用すれば中小企業でも対応可能である。
- 就業規則の改定: 適性評価制度の導入を見据え、秘密保持義務、情報の取扱いルール、違反時の懲戒規定などを就業規則に明記し、労働基準監督署へ届け出る。また、従業員に対して制度の趣旨を説明し、心理的な抵抗感を減らすためのコミュニケーションを開始する。
フェーズ3:ハード・ソフトの強化と資金調達(2025年〜)
- サイバーセキュリティ投資: 補助金を活用し、UTM(統合脅威管理)機器の導入、PCのログ管理ソフトの導入、クラウドストレージの暗号化設定などを行う。特に、NIST SP 800-171等の国際基準を意識した対策が推奨される。
- 運用ルールの定着:
「重要経済安保情報保護規程」1に準拠した社内ルールを運用開始する。
- 情報を扱うエリア(管理区域)の明確化。
- USBメモリ等の外部記録媒体の利用禁止または厳格な管理。
- 情報の持ち出し記録の作成。
フェーズ4:適性評価の運用開始(施行後)
- 特定と指名: 実際に重要情報を取り扱う業務が発生した場合、必要最小限の従業員を特定する。全員にクリアランスを取らせることはコストとリスクの観点から避けるべきである。
- 同意取得と申請: 従業員への丁寧な説明(デメリットも含めて)を行い、同意書を取得して政府へ申請する。
- 結果受領後の対応: 万が一「不適格」となった場合でも、本人の尊厳を守り、不当な差別を行わないよう細心の注意を払う。
第6章 支援エコシステムと補助金の活用
政府は、中小企業がセキュリティ対策を進めるための財政的・技術的支援を用意している。これらを活用しない手はない。
6.1 サイバーセキュリティ対策促進助成金(東京都)
東京都の中小企業向けに特化した強力な支援策である9。
- 対象: 都内で事業を営む中小企業等。
- 要件: IPAの「SECURITY ACTION」二つ星を宣言していること。
- 助成内容: サイバーセキュリティ対策にかかる経費(機器購入費、クラウドサービス利用料、設置設定費など)。
- 助成率・限度額: 助成率1/2、最大1,500万円(標的型メール攻撃訓練なども含む場合は加算あり)。
- 活用例: テレワーク環境のセキュリティ強化、UTMの導入、サーバーの暗号化対応など。
6.2 IT導入補助金2025「セキュリティ対策推進枠」(全国)
経済産業省・中小機構が実施する全国規模の補助金12。
- 対象: 全国の中小企業・小規模事業者。
- 目的: サイバー攻撃被害が供給網全体に波及することを防ぐため、セキュリティ機能付加型ソフトウェアの導入を支援。
- 特徴: 「サイバーセキュリティお助け隊サービス」リストに登録されたサービスの導入費を補助。サービス利用料(最大2年分)が対象となるため、初期投資を抑えたい企業に向いている。
6.3 防衛産業参入促進展とマッチング
防衛装備庁(ATLA)は、優れた技術を持つ中小企業の新規参入を促すため、「中小企業等参入促進展示会」を開催している7。
- メリット: 防衛省や大手プライム企業(三菱重工、川崎重工など)の調達担当者と直接コンタクトが取れる。
- 対象: これまで防衛省との取引実績がない企業も歓迎されており、デュアルユース技術のアピールの場として最適である。
6.4 相談窓口の活用
制度の解釈や、適性評価に関するトラブルについては、専門の窓口が設置されている。
- 内閣府: 重要経済安保情報の保護活用法の運用に関する相談、適性評価に係る苦情受理窓口1。
- 中小機構・よろず支援拠点: 経営全般の相談に加え、セキュリティ対策の進め方についてもアドバイスを受けられる14。
- 適正取引支援サイト: 親事業者からの不当な「押し付け」(コスト負担なしのセキュリティ要求など)に対する相談窓口15。
表3: 主要な支援策一覧
| 支援策名称 | 実施主体 | 支援内容 | 想定される活用シーン |
|---|---|---|---|
| サイバーセキュリティ対策促進助成金 | 東京都(中小企業振興公社) | 最大1500万円、1/2助成 | 本格的な社内ネットワークの刷新、サーバー室のセキュリティ強化 |
| IT導入補助金(セキュリティ枠) | 中小機構 | サービス利用料補助 | エンドポイントセキュリティ(EDR)や監視サービスの導入 |
| 中小企業等参入促進展示会 | 防衛装備庁 | マッチング機会の提供 | 自社技術の軍事転用可能性の模索、プライム企業への販路開拓 |
| SECURITY ACTION | IPA | 自己宣言制度、ロゴマーク使用 | 補助金申請の要件クリア、対外的な信頼性アピール |
第7章 結論と展望
7.1 「持たざるリスク」から「持つメリット」へ
セキュリティ・クリアランス制度の導入は、日本の中小企業にとって、短期的には管理コストの増大や法的リスクという重荷をもたらす。しかし、中長期的な視点に立てば、これは日本企業がグローバルな信頼のネットワーク(Trusted Web)に接続するための不可欠なプロセスである。 経済安全保障が重視される時代において、セキュリティ・クリアランスを持たないことは、重要インフラや先端技術市場からの「退出」を意味しかねない。逆に、早期に対応を済ませた企業は、国内市場での優位性のみならず、AUKUS(米英豪)などの国際的な枠組みにおけるサプライヤーとしての地位を確立できる可能性がある。
7.2 経営者への提言
中小企業の経営者は、本制度を「総務部の担当者に任せる事務作業」と捉えてはならない。これは「経営戦略」そのものである。
- 情報への感度: 自社の技術やデータが経済安全保障上の価値を持つかどうかを再定義せよ。
- 従業員との信頼: 適性評価というデリケートなプロセスを通じて、従業員との信頼関係を再構築せよ。透明性のある説明と、不利益取扱いを行わないという確約が鍵となる。
- 公的支援のフル活用: 独力で解決しようとせず、補助金や相談窓口を最大限に活用し、コストを最小化せよ。
2025年の施行に向け、残された時間は多くない。今すぐ行動を開始することが、未来の市場における自社の存立を守る唯一の道である。
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参考文献一覧(出典情報)
本報告書の作成にあたり参照した資料および出典は以下の通りである。
- 2 内閣官房, "重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案 閣議決定", 2024年2月27日.
- 3 e-Gov法令検索, "重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律(令和六年法律第二十七号)".
- 5 内閣府 経済安全保障推進室, "セキュリティ・クリアランス制度 概要資料", 第10回有識者会議参考資料.
- 6 日本弁護士連合会, "重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律及び特定秘密の保護に関する法律の運用基準等についての意見書", 2024年9月19日.
- 4 アンダーソン・毛利・友常法律事務所, "重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律 運用基準案の公表", 2024年12月19日.
- 9 補助金ポータル/OneBe, "東京都 サイバーセキュリティ対策促進助成金 解説".
- 12 中小機構, "IT導入補助金2025 セキュリティ対策推進枠 公募要領".
- 8 IPA 独立行政法人情報処理推進機構, "SECURITY ACTION セキュリティ対策自己宣言", "中小企業の情報セキュリティ対策実態調査".
- 7 防衛装備庁, "中小企業等参入促進展示会 開催概要".
- 3 e-Gov法令検索, "重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律の施行期日を定める政令".
- 1 内閣府, "重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律について(制度概要・窓口一覧)".
- 13 内閣府・中小企業庁, 各種相談窓口一覧.
引用文献
- 重要経済安保情報保護活用法 - 内閣府, 1月 21, 2026にアクセス、 https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/hogokatsuyou/hogokatsuyou.html
- 報道発表 | 内閣官房ホームページ, 1月 21, 2026にアクセス、 https://www.cas.go.jp/jp/houdou/240227keizaianzenhosyo.html
- 重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律 - e-Gov 法令検索, 1月 21, 2026にアクセス、 https://laws.e-gov.go.jp/law/506AC0000000027
- 重要経済安保情報保護活用法の運用基準案の公表 - Economic Security & International Trade, 1月 21, 2026にアクセス、 https://www.amt-law.com/asset/pdf/bulletins5_pdf/241219.pdf
- いわゆる「セキュリティ・クリアランス」制度の概要 - 内閣官房, 1月 21, 2026にアクセス、 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyo_sc/dai10/sankou.pdf
- 日本弁護士連合会:重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律..., 1月 21, 2026にアクセス、 https://www.nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2024/240919.html
- 「中小企業等参入促進展示会」出展企業の募集について | みずほリサーチ&テクノロジーズ, 1月 21, 2026にアクセス、 https://www.mizuho-rt.co.jp/business/biz/pmo0022/index.html
- 「SECURITY ACTION制度」の宣言効果は? 自己宣言事業者の実態調査報告書を公表 IPA, 1月 21, 2026にアクセス、 https://www.newton-consulting.co.jp/itilnavi/flash/id=7080
- 中小企業のサイバーセキュリティに最大1500万円!「東京都 令和二年度サイバーセキュリティ対策促進助成金」が5月7日より公募スタート! - 補助金ポータル, 1月 21, 2026にアクセス、 https://hojyokin-portal.jp/columns/tokyo-cyber-security
- IPAが推奨する中小企業のためのセキュリティアクションとは? - ワンビ株式会社, 1月 21, 2026にアクセス、 https://www.onebe.co.jp/column/ipa%E3%81%8C%E6%8E%A8%E5%A5%A8%E3%81%99%E3%82%8B%E4%B8%AD%E5%B0%8F%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E3%82%BB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%AF/
- 2025年9月から!サイバーセキュリティ対策促進助成金で中小企業の未来を守る!申請から活用まで徹底解説 - ワンビ株式会社, 1月 21, 2026にアクセス、 https://www.onebe.co.jp/column/2025%E5%B9%B49%E6%9C%88%E3%81%8B%E3%82%89%EF%BC%81%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E5%AF%BE%E7%AD%96%E4%BF%83%E9%80%B2%E5%8A%A9%E6%88%90/
- セキュリティ対策推進枠 - IT導入補助金, 1月 21, 2026にアクセス、 https://it-shien.smrj.go.jp/applicant/subsidy/security/
- 重要経済安保情報に係る通報窓口一覧 - 内閣府, 1月 21, 2026にアクセス、 https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/hogokatsuyou/tsuho/tsuho.html
- ご意見・お問合せ - 中小企業庁, 1月 21, 2026にアクセス、 https://www.chusho.meti.go.jp/soudan/index.html
- 相談窓口 | 経済産業省 中小企業庁 適正取引支援サイト, 1月 21, 2026にアクセス、 https://tekitorisupport.go.jp/inquiry/
■■TextGenerator による要約■■
■要約(3行まとめ)
- 2025年5月に施行される「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」により、セキュリティ・クリアランス制度が経済活動全般に拡大する。
- 中小企業は、制度対応できないとサプライチェーンから排除されるリスクがある一方、国際共同研究や政府調達への参入機会も生まれる。
- 早期の体制整備、従業員への配慮、公的支援の活用が、中小企業が制度の波を乗り越え、競争優位を確立するための「生存要件」となる。
■既存の業務・技術との違い(新規性)
- 従来の防衛・外交等の「国家安全保障」情報保全に加え、サプライチェーン、基幹インフラ、先端技術といった「経済活動」の核心部分の情報が保護対象となった。
- 経済安全保障上重要な情報を取り扱う個人に対し、政府が信頼性(適性)を調査し資格を付与する「セキュリティ・クリアランス」制度が日本に導入される。
- 大企業だけでなく、そのサプライチェーンを構成する多くの中小企業にも直接的な影響が及び、市場アクセス権を左右する点が新規性。
■実務へのインパクト(何が変わるか)
●社会全般
- 経済活動における機密情報保護の重要性が増し、企業間の情報共有や国際共同研究において「信頼性」が必須となる。
- サイバー攻撃やスパイ活動による技術流出を防ぎ、重要インフラの脆弱性情報を守る体制が強化される。
- G7諸国との国際共同研究において、日本企業が制度的欠落を理由に排除されるリスクが低減される。
●特に中小企業
- 防衛産業や重要インフラ産業のサプライチェーンに留まるためには、セキュリティ・クリアランス(施設および個人)の取得が事実上の必須要件となる。
- 情報管理体制の整備(物理的・電磁的対策)や従業員の適性評価対応など、新たな設備投資と管理コストが発生する。
- クリアランス保有者が労働市場で高い価値を持ち、大企業による引き抜きや人材獲得競争の激化リスクが高まる。
- 一方で、制度に対応することで、これまでアクセスできなかった高度な政府プロジェクトや海外企業との取引への道が開かれる。
■次アクション(試す/読む/実装)
●緊急対応(インシデント対応を意識して)
- 自社の事業領域が「特定社会基盤事業」や「特定重要物資」に関連するか、既存契約に新たなセキュリティ要件がないかを速やかに確認する。
- 社内の情報資産(機密情報)の棚卸しを実施し、誰がどの情報にアクセスできるか可視化・整理を開始する。
- 従業員に対し、新制度の概要と今後の影響について、透明性をもって説明を開始し、心理的な抵抗感を減らす。
●恒久的対策(サイバーレジリエンスを意識して)
◆準備・計画
- IPA「SECURITY ACTION(二つ星)」の宣言を目指し、情報セキュリティ基本方針を策定・公開する。
- 「重要経済安保情報保護規程」に準拠した社内ルール(情報取扱、管理区域等)の策定を開始する。
- 就業規則を改定し、秘密保持義務、情報の取扱いルール、違反時の懲戒規定などを明記する。
◆防御
- 物理的対策(入退室管理、監視カメラ、情報保管庫)とサイバー対策(UTM、暗号化通信、ログ管理、不正侵入検知)の導入を計画・実行する。
- NIST SP 800-171等の国際基準を意識したセキュリティ対策を検討し、段階的に導入を進める。
◆検知
- PCのログ管理ソフトや不正侵入検知システムの導入により、異常を早期に発見できる体制を構築する。
- 従業員への定期的なセキュリティ教育・訓練(標的型メール攻撃訓練など)を実施し、セキュリティ意識を高める。
◆対応
- 情報漏えいやセキュリティインシデント発生時の対応手順(連絡先、初動対応、報告義務)を明確化し、訓練を行う。
- 「不適格」とされた従業員に対する配置転換や尊厳保護に関する社内規定を整備し、法的リスクを回避する。
◆復旧
- バックアップ体制の確立や災害復旧計画(DRP)を策定し、情報システムが停止した場合の迅速な復旧能力を確保する。
◆改善・適応
- 適性評価の有効期間(原則10年)や再評価を考慮し、従業員の状況変化を継続的にモニタリングする仕組みを検討する。
- 制度運用後も、最新の脅威動向や法改正に応じて、セキュリティ対策と社内ルールを継続的に見直す。
■役割毎の重要ポイント
●組織の責任者(経営層・部門長)
- 本制度を単なるコンプライアンスではなく「経営戦略」として捉え、自社の事業への影響を正確に把握・判断する。
- 公的支援策(補助金、相談窓口)を最大限に活用し、制度対応にかかるコストとリスクを最小化する経営判断を行う。
- 従業員に対し、制度の趣旨、メリット・デメリット、不利益取扱いの禁止を明確に伝え、信頼関係を維持・再構築する。
●システム担当者(情シス・エンジニア)
- 物理的・電磁的な情報保護環境の整備(入退室管理、ネットワーク分離、暗号化、ログ管理等)を主導し、導入・運用計画を策定・実行する。
- NIST SP 800-171等の国際基準に基づいたサイバーセキュリティ対策の導入・設定、継続的な監視・保守を行う。
- 情報資産の棚卸しとアクセス権限の厳格化、インシデント発生時の初動対応体制を構築する。
●業務担当者(現場のユーザー)
- 「重要経済安保情報」の取り扱いルールを遵守し、情報漏えいリスクを理解した上で業務を行う。
- 適性評価の調査項目(特にセンシティブな個人情報)について理解し、調査への同意・協力を適切に行う。
- 不審な活動や情報セキュリティ上の懸念を発見した場合、速やかにシステム担当者や責任者に報告する。
■今後必要な知見・スキル(計画/構築/運用)
●組織の責任者(経営層・部門長)
- 計画: 経済安全保障政策と自社事業の関連性分析、リスクと機会の評価、経営戦略への落とし込み。
- 構築: 制度対応のための組織体制構築、社内規定(就業規則、情報保護規程)の整備、公的支援の活用戦略。
- 運用: 従業員とのコミュニケーション、コンプライアンス遵守のモニタリング、継続的なリスク評価と戦略見直し。
●システム担当者(情シス・エンジニア)
- 計画: セキュリティ・クリアランス制度が求める情報保護要件(物理・サイバー)の深い理解と、自社環境への適用計画。
- 構築: 高度なサイバーセキュリティ技術(UTM、EDR、暗号化、ログ管理)の導入・設定、NIST SP 800-171等の国際基準への対応。
- 運用: セキュリティシステムの継続的な監視・保守、インシデント対応、従業員へのセキュリティ教育・訓練。
●業務担当者(現場のユーザー)
- 計画: 自身の業務が重要情報に触れる可能性と、適性評価制度の概要、目的、個人情報保護に関する理解。
- 構築: 不明
- 運用: 厳格な情報取扱ルールの遵守、機密情報への意識向上、疑わしい活動の速やかな報告、定期的なセキュリティ教育への参加。
■関連キーワード(5〜10個)
- セキュリティ・クリアランス制度
- 重要経済安保情報
- 経済安全保障推進法
- 適性評価
- サプライチェーン・セキュリティ
- 中小企業支援
- サイバーレジリエンス
- 特定秘密保護法
- デュアルユース技術
- SECURITY ACTION
■参考にすべき文献・サイト
- 内閣府 経済安全保障推進室(重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律について)
- e-Gov法令検索(重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律)
- 日本弁護士連合会(重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律及び特定秘密の保護に関する法律の運用基準等についての意見書)
- IPA 独立行政法人情報処理推進機構(SECURITY ACTION、中小企業の情報セキュリティ対策実態調査)
- 中小機構(IT導入補助金、よろず支援拠点)
- 防衛装備庁(中小企業等参入促進展示会)
